日セラによって1975年に開発・実用化された焦電型赤外線センサ(パイロセンサ)は、今日までに世界各国の市場において、侵入者警報器(モーションセンサ)を始めとした防犯用機器及び人感照明機器(オキュパンシーセンサなど)を中心に数多く採用されてきました。
日セラは高品質で低価格なパイロセンサを安定供給しており、冷暖房機器やTVなどの家電、IoT関連機器、OA機器などへの搭載がさらに広まりつつあります。
日セラは、これら省エネ関連やIoT関連など新しい市場要求に応えると共に、研究開発を通じて従来から日セラが果たしてきた高機能化、高品質化、低価格化を更に推進しています。
以下に、焦電型赤外線センサの基本的な原理から応用例を紹介します。
第1項では赤外線と動作原理、第2項では焦電型赤外線センサの基本特性、第3項では応用回路例を紹介します。
1. 赤外線および焦電型赤外線センサ
赤外線
光や電波はその波長によって特徴付けられます。 自然界の電磁波と呼ばれるもののうち、その波長が0.4~0.7(µm)のものが可視光と呼ばれ、人間の目に感ずることのできる光となります(図1)。
図1 Spectrum of Electromagnetic Waves
赤外線(IR)とは、波長が0.7µmより長い光のことで、日常生活上では目には見えませんが、熱として感じることができる光の一種です。 ちなみに、紫外線(UV)は、波長が0.4µmより短く、これも目には見えませんが、殺菌等や日焼けの原因などで知られる光です。
前述のように、赤外線は熱として感ずることができます。 熱があるところには必ず赤外線が存在します。 このときの赤外線の波長は、赤外線を発する物体の表面温度に関係することが知られています。 温度を持つ物体は全て赤外線の発生源と考えられ、その表面温度に応じた特定の波長の赤外線を放出しています。 理想的な完全放射体から放出される電磁波のエネルギーと表面温度の関係を表した物理法則をシュテファン=ボルツマンの法則といいます。 その放出される電磁波のエネルギーのピークの波長が、表面温度に反比例するという法則をウィーンの変位則といいます(図2)。
図2 Temperature of Object and Wavelength of Radiated Energy
一例として人体を挙げると、体温は36℃程度ですので、ウィーンの変位則によって9.4µmの波長の赤外線エネルギーがピークとなります。 したがって、9.4µm近辺の波長の赤外線が検出できれば、人体からの赤外線を効率よく検知できることになります。 ただし、同様の赤外線を放射するのは人間だけに限らず、他の動物あるいは物体でも、表面が36℃であれば同様の波長の赤外線を強く放射しています。 これらの赤外線を受動的に検出するのに受動型赤外線センサ(Passive Infrared Sensor = PIRセンサ)が利用されます。 中でも人体を選択的に広いエリアで安定して捉えるPIRセンサが焦電型赤外線センサ、すなわちパイロセンサです。
焦電効果とセンサの構成
パイロセンサは、焦電効果を利用したセンサです。
焦電体と呼ばれる物質の温度が変化したとき、その表面に電荷が現れる現象を焦電効果といいます。 焦電効果は誘電体の分極現象をその根拠としています。 誘電体のうち、ある種の物質は外部電界を加えなくても自発的に分極しているものがあります。 これを焦電体と呼びます。 焦電体のうち、自発分極の方向が外部電界によって変化できるものを強誘電体といいます。
焦電体の表裏両面には、自発分極により電荷が発生していますが、熱平衡状態では、その表面は浮遊電荷を捕捉し、電気的に中和されているというモデルが一般的です。 自発分極は焦電体の温度に依存しますので、焦電体の温度をT [K]から(T + ∆T)[K]に変化させると、図3に示すように自発分極の大きさが変わります。 この時、表面電荷は自発分極の変化ほど早く温度変化に対応できないため、焦電体の表面では自発分極の変化分だけ電荷を短時間観測できます。 この電荷の流れを焦電流といいます。
図3 Change of Pyroelectric Material Surface Charge
焦電流の検出には、焦電体の両面の電極間に高インピーダンスの負荷を接続して電圧として検出します(図4)。
図4 Output Measurement
強誘電体は外部電界により自発分極の向きを反転できるので、分極操作により単一分極化して大きい焦電効果が得られます。 また単位温度当たりの表面電極の変化量が多い(すなわち焦電係数が大きい)ので、センサとして優れた材料が多いです。
多結晶ファイン・セラミックによる強誘電体が日セラにより実用化されており、人感用の素子として非常に信頼性の高い人体のセンシングを実現しています。
Rg、FET
PIRセンサとして実際に赤外線を検出するには、以下のような構成を必要とします。
まず、焦電体を適当な大きさに加工し、その両面に電極を形成して焦電流を取り出せる構造にした素子と、非常に小さい電流を電圧の変化として検出するための抵抗を接続します(図4)。
人体から放射される赤外線によって発生する焦電流は非常に微弱です。 これを取り扱いやすいレベルの電圧に変換するための抵抗値は非常に大きい必要があります。 この両端にかかる電圧値を正確に読み取ろうとすれば、微小な焦電流の一部が電圧計測にリークして焦電流の値が低下しないよう、更に大きい抵抗が必要となりますが、これは事実上困難です。 そこで、電圧測定が容易なように抵抗値の変換を行います(インピーダンス変換といいます)。
これにはリーク電流が小さく、且つ入力インピーダンスの高いFET(電界効果トランジスタ)を用います。
前述の抵抗はFETのゲート端子に接続されているので、ゲート抵抗(Rg)と通称されます。
図5のように構成され、FETのドレイン(D)に一定の電圧を与えれば、焦電効果が発生したとき、Rgの両端の電圧によりFETのD-S間の電流が制御され、ソース(S)電圧が変化します(ソース・フォロワ接続)。 従って、ソースとGND間に適当な抵抗(ソース抵抗Rs)を設けておけば、焦電効果をRsに生じる電圧として読み取ることができます。 Rsに生じた電圧を増幅し、しきい値設定回路など接続すれば、人感スイッチ素子として利用できます。
RgとFETは、通常センサに内蔵されています。 Rsは通常470[kΩ]などに設定されることが多いですが、処理回路や設計コンセプトに対して自由に選択できるよう内蔵はしていません。
図5 Pyro Sensor Internal Circuit
光学フィルタ
以上の焦電素子、Rg、FETを組み合わせ固定して外部接続用の端子を構成すれば、焦電効果発生時の信号を検出することが可能です。
ここまで人体から放射される9.4µm近辺の赤外線が焦電素子に当たるとしてきましたが、焦電素子を含む熱型の赤外線検出素子は、広い波長域の赤外線に対して感度が一定であることが知られています。 すなわち、波長依存性が小さい素子と言えます。 したがって、9.4µmから外れる赤外線でも焦電体の温度変化が同じであれば同じような信号を発生します。 人体の選択性を良くしようとした場合、9.4µm近辺の波長の赤外線だけを焦電体上に導く必要がありますが、その目的で使用されるのが焦電型赤外線センサの窓に装着されている光学フィルタです。
一般的に人体を周囲の物体からS/N比を高く区別し検出できる波長域は、おおよそ5µm~14µmと言われています。
図6に代表的な光学バンドバスフィルタの特性を示します。 5.0µmカットオン・フィルタと呼ばれるものです。
図6 Filter Transmission Characteristic (5.0µm cut-on)
構造
図7にセンサの構造と等価回路を示します。 前述のとおり、センサの基本的な構成要素は赤外線を吸収する焦電体のチップ、赤外線透過フィルタ、焦電流を電圧に変換する抵抗、インピーダンス変換用FET及び保護用ハウジングです。 焦電体のチップの両面には金属蒸着による電極が形成されており、その電極の構成によって1エレメント、2エレメント、4エレメントなどがあります。 これらの電極パターンは用途、設計コンセプトに応じて選択されます。
図7 Structure & Equivalent Circuit
2. 種類と基本特性
シングル・エレメント・タイプ
従来のシングル・エレメント・タイプは環境の急激な温度変化に対してソース電圧Vsが変動する、あるいは振動等に弱いとされてきました。 しかし、日セラのシングル・エレメント・タイプはこれらの問題を大幅に改善しています。 主な用途は、炎検知、ガス検知です。
デュアル・エレメント・タイプ
人体検知用センサとして最も使用されているタイプです。 2つのエレメントが逆極性に直列接続されているため、環境温度の変化、振動、外乱光(太陽光、照明)などによる出力はキャンセルされることで誤報が回避され、高い信頼性を有しています。
クワッド・エレメント・タイプ(1出力)
天井に設置される人感センサに用いられます。 4つの素子により、より細かな動きに対応していますので、存在検知用センサ(オキュパンシー・センサ)にご採用いただいています。
クワッド・エレメント・タイプ(2出力)
主に小動物による誤動作の問題(ペット・イミュニティ)を解決する目的のために開発されました。 デュアル素子が二組あることから、より多くの出力信号による情報が得られ、人体と小動物の動きを識別することが可能です。
無方向性デュアル・エレメント・タイプ / 69-PyroTM
感度の方向依存性が極めて小さいため、設置場所や方向を選びません。 デュアル・エレメントやクワッド・エレメントではカバーしにくい、例えばセンサに向かってくるあるいは遠ざかる方向でも高感度で検知します。
SMD対応 / S-PyroTM
様々な種類のパイロセンサのSMD対応が可能です。 従来のSMDタイプでは得られなかった防犯グレードのEMC特性、外乱光耐性などに対応しています。
デジタル通信対応 /D-PyroTM
専用ASICの内蔵により、UARTあるいはI2Cによる通信が可能です。 また単純にオン・オフ信号の出力も可能です。 これにより、アナログ系回路は全て省略可能となり、お客様のMCUに直接接続いただけます。
3. 応用
日セラ焦電型赤外線センサ用アンプ
パイロ信号の増幅方法として、図8(a)の反転増幅と(b)の非反転増幅の2つの方法があります。 (a)の反転増幅では、オペアンプの動作点がR2とR3によって設定できるため、パイロセンサのソース電圧に依存せず使用できますが、入力インピーダンスがR1で決定されるため (一般的に1k~10kΩ程度) 、低入力インピーダンスの増幅回路となります。 (b)の非反転増幅では、入力インピーダンスはオペアンプ自身の入力インピーダンスで決まるため、数MΩ以上の高入力インピーダンスの増幅回路となります。 ただし、動作電圧がパイロセンサのソース電圧で決定されるため、ソース電圧が低い場合に動作しないことがあるので注意が必要です。
図8 Operational Amplifier
応用回路例
パイロの一般的な回路構成は、図9のように増幅部、コンパレーター、タイマー、負荷駆動回路からなります。
図9 Typical Application Circuit